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前から思うのだが、海洋深層水のくみ出しは本当に大丈夫なのだろうか? 最近流行りの海洋深層水は、大量にあるので問題ないとしてがばがばと吸い出しているが、これが100年続いたらどうなるのか。単に健康や美容に良くて、量も大量だからというだけで、しっかりした研究もせずに使用して大丈夫なのだろうか? この件に関する100年〜1000年単位の影響は全く見当もつかないし、研究も進んでいないのに、すぐに見切り発進してしまうのは何故なのだろうか。 無尽蔵に存在するかのように思われて来た大気も、今や大きな危機に差し掛かっている事は、誰でも知っている事実だ。同じように、海洋汚染も年々広まっており、汚染された土地から流れ出した汚染物も、どんどん流れ込み続けている。 海の汚染も、同じようにどんどん悪化しているのだ。濃縮された汚染物質の流れが、いつか流れ込むという事もあるかも知れない。今までくみ出されなかったものが、大量にくみ出される事による影響はどうなのか?それは誰もわからない。 研究・調査は難しく、なかなか結果は出ないのかも知れないが、今後に環境破壊の影響を出さない為には、そのくらい慎重にした方が良いのではないかと私は思う。 なのに簡単な調査と判断で、すぐに利用しはじめるのは何故か。 そこには、企業や組織の利益追求の欲求が働いている。より速く、より大量に、より効率的に利益を追求する為に行動を起こす。それ自体は悪い事ではない。問題は、そこに視界の狭まりが生じやすいという事だ。 より速く、より大量に、より効率的に利益を追求する事に集中するあまりに、周りが見えづらくなるのだ。その為、これから開発する資源に対しても色眼鏡で見るように偏ったものの見方が出て来てしまう。いま利用できるか、いま自分の役に立つか、今沢山あるか、今ならどの位の経済効果があるか、そういう所ばかりを見てしまうのである。 その結果、周りへの影響や、今後の長期的な影響に関する調査がおろそかになったり、功を焦って見過ごしてしまいやすくなる。時には、自分に都合の良い調査結果だけを報告したり、都合の良い結果が出される調査を選んでいる場合もある。 これが見事に現われたのが、今回の瀋陽・日本総領事館駆け込み事件の日本・中国両政府の調査結果であろう。あるいは、バブル期における国土開発時の、形ばかりの環境アセスメントなどもそうだ。 物事を強烈に推進したい人や、その開発が死活問題だと考えている人が、特にこうした偏った調査結果を議論の材料に利用しやすい。だからこそ、調査はしっかりとしなければならないし、主観的判断が加わらないように注意せねばならない。だがそれでも、主観的判断が加わってしまうのが普通の人間である。 たとえ権威のある政府組織や研究団体が発表したものだとしても、だからこそ調査結果が歪んでしまう事もあるのだ。…そこが怖い。情報に踊らされる事のないように充分注意したいものだ。それもまた難しいんだけれども……。
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